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2018.06.05 Tuesday

京都タロット宙のメサージュ「宙のメサージュ+(プラス)」をはじめます。

いよいよ、京都タロット宙のメサージュ原案者ミケの

個人リーディングワーク「宙のメサージュ+」をはじめます。

 


 

 

 

たろうさん(京都タロットの精霊)が語る、あなたの内に眠る神話、あなたへのメッセージ

 

 

原案者ミケがナビゲートする京都タロットワーク。 

そこからあふれ出てきた神話(メッセージ)を、

あなただけのノート『宙のメサージュ+』として作成します。

 

あなたの名前が刻印された美しいノートには、

たろうさんが届けた、あなたの神話が語られます。

 

 

 


 

 

『宙のメサージュ+』とは、

 

たろうさん(=京都タロットの精霊)のメッセージ入り

あなただけのオリジナルノートのこと。

 

京都タロットを用いた個人リーディングを元に、

たろうさんからのメッセージを汲み取ります。

 

 

あなたのことをたくさん知らせてくださいね。
あなたのテーマを「たろう」さんと探りましょう。

 

 

すでにテーマがはっきりしている方なら、さらに良し。
これからの展開、気持ちのこと、この地上に「自分」という杭を打つように旗を立てましょう。

 

今、動く時か?それともじっと温める時か?

 

それは「あなた」が一番知っている。

 

あなたにしか知り得ない感性を呼び覚ましましょう。

 

個人リーディング時のスプレッドを元に、

あなたのお名前刻印入りの完全オリジナルノート「宙のメサージュ+」を作成します。

 

たろうさんからのエールをどうぞ受け取ってください。

(リーディング内容が約10ページございます。ノートの残りページはたっぷり。

 ご自身で占ったスプレッドの控えや気づきなどご自由にお楽しみください)

 

【京都タロット 宙のメサージュ®   個人リーディングワーク『宙のメサージュ+』】

=リーディングワーク60分 & オリジナルノート’宙のメサージュ+’ ¥55,000-

 

 

三角お問い合わせ、お申し込みは、

  下記の『お問い合わせフォーム』からか、

  もしくは mi-ke@mk-iwakura.com まで。

  ・6月18日(月)から始めます。

  ・当面の間は、平日の昼間限定です。

 

 ●6月末までにお申し込みいただいた方には、

 

三角特典1:このワークを1万円引きにさせていただきます。

三角特典2:奇想庵謹製『京都タロット宙のメサージュ®』タロット

     初版を優先的にご予約いただけます。30名様まで。

         

 ↑『宙のメサージュ+』のノートサンプルです。

ノート『宙のメサージュ+』は、ワーク後、2〜3週間でお届けします。(カラーはお任せください)

 

 

 注意注意 個人リーディングは、対面で、平日の昼間、京都市内で行います。

『宙のメサージュ+』は平日の昼間のみになります。原則として、土日はお休みをいただきます。

 

 

これは、私が、ずっと、やりたかったこと。

準備をしてきたこと だから。

 

あなたの内なるメルヘンを、ご一緒に発見いたしましょう!

 

 

●個人リーディングによる『宙のメサージュ+』お問い合わせフォーム↓

 

 

※お問い合わせ、お申し込み後、2、3日中に返信をいたします。

 返信が届かなければ、ご面倒ですが、もう一度、このフォームで送信してくださるか、

 mi-ke@mk-iwakura.com まで。

 

2018.05.17 Thursday

オロチと筋肉キョロちゃんの話

タロットの公式サイトを引っ越ししてから、管理画面が扱いやすいこともあって、ほぼ毎日更新しています。

 

今日は、15番の「オロチ」を更新しました。→こちら

原画展のとき、男性人気1番だったカード。

かっこいいですよね。

西洋タロットでは、いわゆる悪魔のカードに当たりますが、京都タロットはちょっとニュアンスが違います。

一般的に破滅とか嫉妬や欲望…という意味合いの強いカードですが、京都タロットは、そんな悪魔的な質を「呑み込め」と促します。

たいへん日本的ですね。清濁併せ吞む。

 

このカードでは、呑み込んで、否定に対抗する免疫をつけろというわけです。それが王者になるための通過儀礼。

男の子は好きですよね。戦隊ヒーローものでも、ハリウッドでも。九死に一生を得るのはお決まりのストーリー。

最後は姫を助けて、その姫と結ばれる。ロマンだわ。笑

 

 

     †      †

 

うちのボンが、先ほど「はい、キョロちゃん」と言って、イラストを持って来ました。これ。

なんで、あの可愛いキョロちゃんがこうなるの???笑

 

本人も面白がって描いているのですが、この筋肉隆々は、男児の憧れともいえるのでしょうか。

強い男の象徴。

キョロちゃんだって、シックスパック。笑

(強い男になるために、必要な)戦いがあって、それによって、「筋肉」(@実力)が付く。

戦いに挑むことは王者の条件、ということになりますね。

 

この筋肉キョロちゃんは、どっちかと言えば、稲穂のスートを司る朱い鳥『朱雀』の方が近いですが。(^ ^)

 

2018.05.09 Wednesday

海王星が頭上に付く カモそしてアダシノ

4.11に自分の中で起こった「やる気」に付いて、あれはなんなんやろ?と思っていたところ、占星術師のMさんから「その頃から頭上に海王星が付いてる」と言われました。面白いわ〜。

 

私は、ホロスコープを読むのはうまくないけれど、こういうわけのわからん感受力があって、いわゆる虫の知らせのようなものを受け取ってしまったり、天体について、全く唐突な物語を腹ん中に抱えていたりするので、この「海王星」という意味については、なんだかわかる気がするのですね。

 

むかし『星のシンボリズム』というコラムを書いて、そこに、海王星についても書いてました。

ちょうど15年前です。2003年5月の記事。

 

  神秘の海王星/湖のメソッド

 

なかなか「きちんと」感じて、書けてますね。当時の私も。

30代ただ中の頃の私。

今、海王星について書くとしたなら、切り口はちょっと違うかなぁ。

更年期的出来事と、海王星の関係について…など、書くかなぁと思います。

 

この記事に書いた海王星の神秘の湖は、京都タロットでは「カモ」に描かれた湖に同じです。

(あるいは沼などの河川)

占星術とタロットカードとの対応で、海王星と並べられるのは、The Hanged Man、
京都タロットなら「アダシノ」に当たりますが、海王星について考察した「湖」は、まさにカモの水。つまり鴨川。
意味合いは、アダシノもカモも「待つ」というところで同じです。

 

 

一般的な対応では、カモの方は冥王星で、それはそれで間違いではありませんが、体感を通すと、冥王星だけではなく、海王星もカモのカードを彩っているんやなぁと感じるのです。(私は、自分の体感や直感の方をより信じます)

一般的な対応表も、全体把握には大事ですが、全ての人の全ての状態についてズバリ当てはまると言うわけではありません。

 

 

それより、自分の感覚を読む方が大切です。むしろ和タロット的には、このような曖昧さ、揺らぎが大事ですから(=一般解説で全てを物語らせずに、曖昧で揺らぎをもたせたままの方が、自分の感覚が鋭くなる)、この中を泳ぐように見ていくのが面白い結果に導けますね。より「和」っぽいとも言えます。

 

 

だから、スプレッドにカモが現れた時は、占星術的な海王星(あるいは冥王星)が現れるような反応が間も無く起こる、起こっている、と考えていいでしょう。

 

 

実は、先日、これからの京都タロットのワークについて問うた時、それを通じて「私がやるべきこと」のポジションに『アダシノ』が出たのですね。まさに海王星が付いているってことと同じ。自分も含めて「関わる人の成熟を待つ、その神秘を見る」と言うアダシノがワークでの役割で、それが私の中の星の物語「海王星が付く」と言うことと同義なのだと思ったのでした。

 

2018.05.08 Tuesday

迷いが消えたら

ゴールデンウィークは、京都から一歩も出ませんでしたわ。ゆったりまったり…と観光客のような数日でしたが、京都タロットのことでワクワクしすぎで、脳内は決してまったりではなかったです。

 

 

この前書いたように、4.11になんかわからんもんが降りてきて、以来、バタバタ。GW中、占星術師の友人に大事な用件でお会いした時、4.11の星空のつながりを教えてもらいました。曰く、その辺りからワタクシには「海王星」が付いているらしく、何年も続くから大丈夫と言ってもらえた。心強い〜。

それにしましても、4.11以降、全然迷いがない。全くない。ここまで迷いが晴れたことは一度もなかったように思います。だから、ちゃんと言っておこう。私は、本名でやっていた商業的ライティング活動は、これにて当面はお休みします。(ただし、完全に切るとは申しません。どんなきっかけで欲求が湧くかわからないから。でも、当面はやらないよ〜)

 

 

その代わりではありませんが、ミケ的活動(神秘的著述業や京都タロットのワーク等)を本格化いたします。

これからは、めっちゃおもろいもんができると思います。(自分で言うー!)

ずっとずっと胸に温めてきたこと。やっと自分に許せる。自分に何が起こったのかは、今は、まだうまく言語化できないのですが、とにかく、「伝えたい」と言う気持ちが膨らんでおります。女性性の再構築とでも言おうかな。

 

 

自分の中で(暮らしの中で)、いったんは壊れなくてはいけなくて、私は人知れず(ほんまに人知れず)、その思い込みを崩していました。たぶん、4.11に全部壊れて、何か合点がいったように感じています。

 

 

別項でも書いたように、3年前の非二元的な気づきで、全てがひっくり返ってしまいましたが、私の悪いクセ?で、そのささやかな衝撃の中で安住していたくなり、いつのまにか、意識の中で、それを固定化しようとしていたんですね。その気づきの中にいたいと願っていました。まあ、それはそれで、心地いいので、この考え自体は悪いものとは思ってはいないのですが、そのうち、「気づき」にしがみつくようになり、こりゃいかん愚の骨頂だと。それがわかったら、だんだん、この世的な「欲」がちゃんと湧いてきたのだった。^^

 

 

次は、この「欲」を、きちんと「私」に通してあげたいと思ったら、伝えたいこと(メインテーマ)が、くっきりはっきりしてきました。日本女性が(日本女性に限らんのかな?)隠してきたもの、嘘をついてきたもの、そこに気づく。はっきり言ってしまうと、自分の中に絶対に在る女神性を認める。そうすれば、ちょっとずつだけど(いや、人によっては急激にかも)ウソが流れていく。本心に気付いてしまう。それが自然に発露される。それが私(たち)の自然の姿。

 

 

強くて、弱くて、情けないほど大馬鹿で、優しくて、怖くて、ヒステリーで、笑える、それ。

あるがままの女。あるがままの女神。

 

 

そのことを伝えたいと思いました。

そして、私は、ありがたいことに、その手段=京都タロット宙のメサージュを持っています。

 

 

 

あれ?おぉっと……今、非二元的には「それも幻想ちゃうん?」と聞こえましたよ。

 

 

そうです。確かに、その通り。全て、幻想ですよ。

そうなんです。どのみち、幻想なのです。

幻想を見破りたいと、私は20年以上格闘して、2015年にそれがあって、もちろん、それはそれでいいのです。

そっちに心が向かってしまう時は、どう抗ったって、やめられないことは、私にはよーくわかります。本当にしょうがないこと。

 

 

ただ、私は、もう、「そんなことすら」どうでもいい。

 

 

同じ幻想であるのなら、今、囚われている「これ」になりきって、やりたいことをやるしかできないのだと気づいたからです。

 

 

だから、やるのです。

できる とか できない ではない。

やりたいから、やるのです。それだけなのですね。

 

 

2018.05.01 Tuesday

本気

この『京タロB面』ページ、最後の更新は10ヶ月前ですね。

 

…ということで、この10ヶ月の総括を書きます。

 

「京都タロット、どうなったの〜?」とは、よく聞かれましたが、「ぼちぼちやっておりまーす」としか言えませんでした。いや、ほんと、ぼちぼちしかやっていなかったもので。関係者の皆様ごめんなさい(^_^;)

 

まあ、でも、そのぼちぼちの中では、執筆活動はまめに続けていまして、京都タロットのプレゼンシート作ったり…も。

 

ただ、気持ちが特に乗っていたわけではなかったのです。

言い訳をすれば、「あの気づき」のことが大きくて、「この世」に対して熱が入らないという。

 

でも………今となっては、全部、言い逃れ。

怖かったんですね。本気になるのが。

本気だと言っておきながら。ほんまヘタレだったと白状します。

本気になったら〓〓〓って、いろんな想いがあって、どこか及び腰でした。

 

3月の終わりころ、京都タロット 宙のメサージュが®マーク(商標登録)を取得しまして、さらに、プレゼンシートも完成させたので、まずは京都だからN天堂さんだ!と、電話掛けました。(単純〜)

N天堂さんは(ある意味、当然のことながら)全く取り合ってもらえませんでしたよ。電話の段階で。笑

でも、私の中で、何かが吹っ切れたみたいになりました。必要な何かが「N天堂に電話をかける」という行動で、完了した気がしたのです。

 

 

4/11 深夜のこと。

うまく言えませんが、意識の中に「大物」がやって来ました。

これは、12年ぶり。

鮮烈な閃き。

ちょっとした閃きは、(誰しもそうであるように)日常的にあっても、今までは、それ以上にノンディアリズム的気づきの後の余韻というか、『ヘタな物語に加担したくない』という気分が、閃きを打ち消すくらいに心を占領していたのですが、この大物に関しては、それを遥かに超えておりました。

 

もう、どっちでもいい と。(人生が「ヘタな物語」であっても)

 

どのみち、全ては物語なんだし、この地上にある以上、いずれかの物語を目撃し、自身はただそのさなかにあるんやん!

 

物語、万歳!

ブラボー!物語!

 

これが、第1弾京タロB面的な気づきです。

 

 

第2弾は、朋百香さんの個展の最中に、はっきりとした形でやって来ました。

(これについては、また改めて発表させていただきますね)

 

以降、いきなり、いろんなことが動き始めています。

 

まとめますと、全ては「物語」であって、それでいいし、

その只中で、なりきって「生きる」ということに、心から同意したことが、全ての始まりです。

 

今、本当に、それがしたくて、ドキドキしていまして、どうなるかなんて、さっぱりわからないのだけれど、とにかく、私はそれがしたいのだ…という気持ちだけで、動いています。

 

なんで、私は怖がっていたんやろ?

本当は、やりたくてやりたくてたまらなかったのに、どうして抑えてたんやろ?

それどころか、夫を始め、私の周囲の方々は、「はよせー。はよせー」と言ってくれていたのに。

誰にも頼まれたわけではないのに、私は勝手に何かを怖れて、自分を抑えていたんです。

このバカバカしさに気づいたら、完全に吹っ切れました。

なんて、アホやったんやろ?笑

やりたいことを、できないんやなくて、やらないなんて。

 

 

また、近いうちに、書きたいと思います。楽しみにお待ちくださいね。

そして、長らくお休みしておりましたが、いよいよ、このカテゴリの記事も解禁します。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

 

2017.07.02 Sunday

鬼から角を取る作業、趣深き「鬼子母神堂」へ

次は「雑司ヶ谷行くのならぜひ」とお薦めがあった場所、鬼子母神堂へ。Yさんによると、鬼子母神堂の鬼子母神様は良い神様なので、鬼の上のツノはないそうです。Yさんが以前にこちらの関連のお仕事をされた時に、ツノのない鬼という存在しない漢字を創るために、鬼からツノを取るというデザイン上の作業を、一文字一文字していたとうかがいました。

「鬼から角を取る作業」
ほぉお〜。たいへんシンボリックな作業ですね。笑
聞くだけで、なかなか骨折りだったとお察ししますが、Yさんにとって、何かしらの象徴的な出来事があったかもしれない…などと思ってしまいました。勝手な想像に過ぎませんが。(^_^;)

鬼子母神堂のリーフレット。やはりツノがない。

昔からのブログの読者の方はご存知かもしれませんが、実は、私は鬼子母神がかなり好きでして、それは、幼児を食らうという悪行ゆえの深い絶望を味わってからの復活劇として、さらにそこから女神にまで精神が昇りつめて行くというものに、シンパシーを覚えるから(子供を喰らったことはありませんが;)。「聖なる」だけではない、骨太の典型的母神像を感じます。娼婦から聖女へと昇華される、マグダラのマリア的な女性像も重なって見えます。「心から改悛する」姿、テーマに深く心を惹かれる何かがあるからです。

その点から考えますと、Yさんの「鬼から角を取る作業」というものの本質がなんとなーく垣間見れる気がしました。もちろん、そんなことを意識しながら仕事をされていたわけではないはずですが。

さて、鬼子母神堂さん。結果から申しますと、すんごいところでした。
日曜日だというのに人も少なく、大都会の喧騒のそばにいるなんてとても信じられませんでした。ご紹介したい気持ちと、あまり人だかりにはなって欲しくないような、複雑な気持ちになるくらい、個人的にはとても好きなところでした。

また、長々と書くのもしつこいので、写真で通り抜けようと思います。

 

まず、都電荒川線で一駅の移動。街中の電車なのに、のどかな雰囲気がありますね。関西圏のPitapaカードも使えました^^。清潔で空いているのが、心地よかったです。
前から乗って先払い、後ろから降りる…というシステムは、京都のちょうど逆なので、意識していないとポカをしてしまいます。エスカレーターの左待ち、右待ちも、関西の真逆ですし、東西間の違いって興味深いですね。

鬼子母神前駅で下車。
参道の大門けやき並木の通りを通過して、鬼子母神堂に参ります。
参道は「産道」が由来という話を聞いたことがありますが、参道に入った途端、まさに!という雰囲気になります。長い道ではないのですが、木立で鬱蒼としています。でも、おどろおどろしい感じはなく、むしろ清潔で、住宅街の中であることがわかりますが、なかなかの高級感のあるところです。京都でいうなら「北区小山」っぽい。(京都人しかわからん?いや、レアすぎて京都人でもわからんかも…笑
否応なく、ワクワク感が高まってきますよ。

参道を曲がると、お堂が見えてきます。
ろくに下調べしなかったもので、内心、もっと小さなお堂を想像していたのですが、いやいや、もう、大きなお寺でした。失礼いたしましたです。

お堂の中です。どなたかのお祓い中で、銅羅が鳴りお経がこだまして、風情がありました。

私も、鬼のツノをとって育児ができますよう…と祈りました。笑

境内にある樹齢700年という御神木の大公孫樹(おおいちょう)は東京都指定天然記念物だそう。私は、北欧神話のユグドラシル(世界樹)が脳裏に浮かびましたよ。ユグドラシルは宇宙の中心で、世界全体を包括しているとされる神話上の大樹なのですが、いかにも、そんな感じでしょう。

 

まだまだ見所の多いお堂ですが、雑司ヶ谷編はここまでです。ここまでお読みくださった方、ありがとうございました。
ちなみに、このお堂のあるお寺の正式名称は威光山法明寺というようです。
また、この辺りは七福神めぐりもできるようなので、散策しながら回っても良さそうですね。
何がいいって、先ほども書きましたが、どこにいっても混雑している東京の街中なのに、驚愕の人の少なさ。(笑) 一人でもせかせかせずに、ゆっくり、ゆったりと巡ることができる素敵なところでした。^^

2017.07.01 Saturday

追記:墓地のカラスから

先ほどまでの投稿で墓地編は終わったのですが、一つエピソードを書き忘れていたので、ここで加筆。

花屋を営まれている(と思われる)おじさんに、道順を教えてもらった時、大きなカラスが墓石に停まっていました。思わず、
「立派なカラスさんですね」というと、おじさんは
「あれ、うちのカラス。まだ小さかったカラスがここの木から落ちてきたから育てだんだよ」とおっしゃっていました。

なるほど。だから人目を引くような雰囲気があったのですね。
人の愛情を受けて育ったカラス。物語の続きができそうです。^^
墓地らしい素敵なお話ですね。

もし、雑司ヶ谷霊園に行かれて、人の目に近いところにカラスがいたら、彼かもしれません。
カラスは人の寿命並みに(一説によると百年生きるモノもいるとか)生きるらしいので、知恵があり、だからこそ(人から見ると)いたずらをしたり、いじめたりしているように見えるのだと思います。
人の言葉も、ひょっとしたら理解しているかもしれませんから、ちょっと話しかけてみてはいかがでしょうか。(^_^)

京都タロットでカラスと言えば、八咫烏(ヤタガラス)
三本足のカラスとして知られていまして、熊野系の神社さんなどではお馴染みの神紋です。この頃は、サッカー日本代表のマークとしてもご存知の方も多いのでは。

烏は西洋では魔女のマークのように思われていますが、日本の八咫烏はもっと神格化されたシンボルです。
神武さんの東方遠征を先導していった鳥と神話では語られていて、雄々しい面の日本男児の象徴として、あるいはリーダーの印として、無限の可能性を意味する『#0,たろう』の持っている槍のようなモノに旗印として掲げ、猛々しい戦勝の兆しである『#7,ヤマト』の胸の意匠にシンボルとして登場させています。かっこいいな〜。

 

 

2017.06.30 Friday

雑司ヶ谷3、恋に生き、恋に散った大正ロマンの巨人たち

さて、雑司ヶ谷墓地も、今回が最終回です。

墓場めぐりの趣味が特にあるわけじゃないのですが(笑)、なかなかこんなにいっぺんにお参りできることがありませんよね。

また、お墓は墓標というだけあって、標(しるし)であり、とてもシンボリックなものを覚えます。特に、雑司ヶ谷墓地は、すごく整備された現代の墓地とは違って、古いけれど清潔で、『The日本の墓地』という印象を受けました。

 

 

竹久夢二さん。今もファンが多いのがわかります。煙草が供えられていました。

和製ロートレックと呼ばれるように、彼の抒情的な画風は一世を風靡し、現代でもなお古びることがありません。

夢二という乙女チックな雅号と、あのイラスト。当時、少女たちの心を鷲掴みにしたのも頷けます。

 

私は最初、「え?!ここに眠っておられるの?」と、ちょっとびっくりしました。

彦乃はんと京都で眠られているような、勝手な印象があったもので。(←安易)

考えてみれば、夢二が京都で下宿していたのは、恋愛沙汰から逃げ、美大生だった彦乃と人目を忍んで暮らしていた場所というだけで、(認められていた関係ではなかったので)、お二人が合祀されたお墓があるわけもなく。

早逝した彦乃との恋を生涯忘れなかったという夢二さんは、彦乃の幻影を追って作品を描いていた面も多々あるでしょうから、多くの甘〜い素敵な作品を生み出されたこと……今となっては、それだけで十分な気がします。

 

ちなみ余談。実は、めっちゃ遠〜〜い親戚だそうです。夫の亡き祖母が生前に言っていました。(祖母は夢二さんと同じ岡山出身)

だからってわけではない こともない のですが、夫と恋人時代に岡山県の牛窓に旅行に行ったことがあって、その時、夢二郷土美術館にも立ち寄りました。なっつかし〜♪ペンダントを買ってもらったような…  記憶が遠いなぁ。笑

 

こちらは、島村抱月さん

(調べてみると、現在、三女トシコさんによって島根県浜田市のお墓に納骨されていて、こちらはファンのための墓碑であるそうです)

近代〜現代の劇作家、演出家としてすごく有名ですね。

彼を考察する時、外せない存在が、女優松井須磨子

抱月さんは、女性の解放、自由を旗印に掲げて活動し、新しい女性像を希求していました。須磨子さんは、彼の思う理想像を演じられる無二の理解者であり、女性だったのでしょう。多くの作品に彼女を起用しています。

 

人気のあったお二人の不倫は、当時一大スキャンダルだったらしく、抱月さんも百叩きにあったそうで、家庭をはじめ、多くを失いました。まあ、今ではよくある芸能人のお話ではありますが、夢二さんと違って隠れてコソコソではなく、全てを失ってでも、ドンとやりきったところが、単に美しい人を囲っておきたかったという意味ではなく、お互いに人生を賭した仕事であったことが窺えます。お二人で芸術座を結成されています。

 

それを思わせるのが、この墓標。『観照』という文字と、彼の書いた詩があり、たぶんですが、禅を学ばれているのでは?と推測されますね。

在るがままの現実を即して。
全的存在の意義を髣髴す。
觀照の世界也

味に徹したる人生也 

此の心境を藝術と云ふ 

          抱月

須磨子女史は、彼の亡くなった二ヶ月後、なんと彼の後を追って、彼が亡くなった場所で自殺をしてしまうんです。

抱月さんへの心酔ぶりが窺えますが、ひょっとしたら、そんな単純なものではなかったかもしれません。想像するに、彼が亡くなったことで、後ろ盾をなくし、さらに周囲からの喧々囂々の非難をより浴びることになったでしょうから、とても居たたまれなかったのかもしれません。

当時の好奇の目と非難の凄まじさは、須磨子さんにとって、彼がいてくれてこそ耐えられたことだったのではと思われます。まあ、しかし、今となっては昔の話。こんな風に、お二人を美化して語りたくなる気にもなってきますね。相手のご家族からの恨みも、時が三代も進めば、昔話にもなるでしょうから。

 

2017.06.30 Friday

雑司ヶ谷2、鏡花、八雲…近代幻想文学の極み

前回は、雑司ヶ谷墓地というところで、夏目漱石さんのお墓参りをさせていただいたお話でした。

まだ続きます、雑司ヶ谷墓地めぐり。今回は、このブログに、墓が立ちまくると思いますが(笑)、いずれも著名な方ばかりなので、どうぞお付き合いをいただければ嬉しいです。^^

こちらのお墓は、憧れの泉鏡花先生のものでございます。尾崎翠と並んで、私が最敬愛する明治の文豪です。
彼を知ったのは、二十歳くらいの時。昭和のグラフ誌、平凡社の『太陽』(って今もあるの?)で特集されていたのがきっかけです。この雑誌は今も手元にあって、たまーに(年に1回くらい)読みます。浪漫的詩情溢れる写真と、その解説によって、私は鏡花さんの世界を覗くようになりました。
彼は、幼い頃に母親を亡くしたことで、生涯、母親の憧憬を抱え、面影を追って生きていきます。その想いが、それぞれの作品に、現実の女としてではなく、女神や聖母、時には鬼女や女妖などとして表現され、薫り高い幻想文学として昇華されているのだと思います。 彼の見ているものは、もちろん幻に過ぎませんが、それは、その奥にある(かもしれない)元型に出会うためと、『太陽』の中の解説者は語っています。

私もそう思います。
彼が、亡き母の幻の中に求めていたものは、単に母性と言うより、あらゆる側面を持った女性性への畏れと憧れ。「女というもの」だったのではないでしょうか。

雨と紫陽花と泉鏡花。幻想文学の作家の墓標に似つかわしい、青い紫陽花とともに眠られています。素敵ですね。

余談ですが、私の一番好きな花が紫陽花です。若い頃は、チューリップでしたけど。近頃、なぜかますます心惹かれるのが紫陽花。

 

不意に、出会いました。小泉八雲。ラフカディオ・ハーンさん。
夫人のセツさんと並んでお休みです。
彼に日本の怪談等の民話や昔話を語って聞かせていたのはセツさん。
仕事用の資料を集めたりなど、彼に大変尽くしていたと言われています。

異国に渡り、あのような美しくも怖ろしい文学作品を書き、大学で英文学を教えていた八雲さん。
(ちなみに、東京帝大で、彼の後釜として教鞭を執っていたのが漱石先生です)

もともとニューヨークでジャーナリストだった八雲さんは、仕事仲間で世界一周旅行で知られるエリザベス・ビスランドの影響から日本に来たと言われています。

有能な美人記者であったビスランドに生涯憧れ続けていたと言う八雲さん。前にNHK?で見た記憶があるのですが、ビスランドさんは、世界一周旅行と言う経歴から、雄々しい物を書いた人であるかのような印象を持ってしまうのですが、実際の彼女の文体は文学的であったと言うことで、八雲さんが物語を書く人になっていったことも、深いところでは影響を受けたのじゃないかと推察します。(とはいえ、資料収集に努めたセツさんが、八雲さんの成功の一番の功労者でしょう)
八雲さんの死後、ビスランドさんが彼の伝記を書いたことで、海外でも知られるようになったことは、何だか嬉しいことですね。

 

こちらは、永井荷風さん。主に大正期から昭和の初め頃に大人気を博していたと言う作家ですが、実はあまり存じ上げません。すみません;

ネットで調べると、文化勲章を受けた大人物でありながら、いかに女好きで、キテレツな人であったかが散見できます。 どこまで本当かはわかりませんが、彼は現代に生まれなくて本当に良かったと思います(笑)。今なら、ゲス男と言われるタイプの方ですね。はい。現代という時代はネットがあるから、大文学者であっても、奇行の方が取り上げられてしまうでしょう。まあ、良い意味の制御機能にもなっているでしょうけれど。私も知り合いになりたくない…と思いましたもん。

 

…ということで、ここでまた区切ります〜

2017.06.29 Thursday

そぼ降る雨と雑司ヶ谷1、夏目少年にアダシノを想う

雑司ヶ谷墓地は、まるで演出しているかのように、ええ感じで雨に煙っておりました。

さっそくガードマンのおじさんに夏目漱石と泉鏡花の墓標を尋ねると、案内図を広げて「永井荷風でしたっけ?」と聞くので、「永井荷風(のお墓)もあるの?」と覗き込むと、その案内図は教科書に名を連ねるかつての文化人の名前がぎっしり書き込まれていました。管理事務所が作成したようです。

「これは、どこに行けばいただけますか?」と尋ねると、ガードマンさんは「まだあるから」と手に持っているものをそのままくださいました。

 

雑司ヶ谷霊園、明治7年開設ですって。すでにそれまでから墓地であったようです。京都でいう化野や鳥辺野などと同じような場所だったのでしょうか?「ぞうしがや」という響きが、大昔の鳥葬の地を感じさせるものがありますね。京都タロットでは、12番をアダシノ(化野)と名付けています。

12番は、西洋タロットのThe Hanged Man「吊るされた男」に対応しています。膠着状態、にっちもさっちも行かないという状況が表されていますが、アダシノでは、「その下で育まれているもの」という含みを持たせています。

 

この絵の少年は両親を亡くして呆然としています。心は空虚そのものです。しかし、その彼の意識下で進行しているものは、とても偉大なものです。言ってしまえば、王者の素養。あ、漱石先生も、母親が高齢であったためか、里子に出されたり、その先でさらに養子に出されたりと、大人の事情に振り回される幼少期でした。

いつも漠然とした一寸先の不安を感じている少年であったかもしれません。しかし、おそらくは、その経験が、彼を自由にし、強くしたのは確かだろうと思うのです。

 

漱石さんは44の時、文部省からの博士号の授与を辞退し、当時波紋を呼んだそうです。それは、政府への反抗の現れでしたが、これを自らの意思で決行できたのは、幼少期の不遇時代に培った強さであり、自由な精神だったのではないでしょうか。頼るべきものが頼りないことは怖いことですが、それゆえに、誰にも寄りかからない自由の精神というのは育まれ得るのだと、私は思います。

博士号という華々しい名誉(特に昔は授与者もずっと少なかったでしょうから)より、「ただの作家」であることを選んだ彼は、今でこそ、なんて自由で、なんて立派なんだと理解できますが、当時は「アホちゃうか」と言われていたはずです。博士号があっても作家活動は続けていけたでしょうし。

 

アダシノにおいて、しゃれこうべに腰掛ける虚ろな眼差しの少年に、その瞬間の絶望と空虚を語らせながら、彼の心奥において育まれているものに思いを馳せよと、私は伝えたかったのです。

夏目少年をはじめ、多くの不遇の人々の死(と言っても精神的な死)の下で進行している、偉大で崇高な何かを、アダシノの中に、私は込めたかったのです。一見、そのようには見えなくても。

 

そんなわけで、夏目漱石さんのお墓。立派です。この墓地で最も目立っている大きなお墓の一つです。

すでに花が手向けられていました。

まずは、「ここ」に来たかったのですね、私。

手を合わせて、振り返ると、女子大生風の女性と入れ違いになりました。

お互い、軽く会釈をする程度でしたが、お墓参りにまで来るとは「そこの若いの、偉いのぉ」と、思わず心で申し上げてしまいましたよ。笑

ひょっとして、雨が降っていなかったら、漱石先生のお墓には、お参りをするお若い女性が列をなしていたりして…それはないか

 

まずは、ここで一区切り。…この調子でいったら一ヶ月くらいかかりそうなので、次回からは、もうちょっとスピードアップしたい。