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2016.11.19 Saturday

哀しみの癒しと克己

原画展の時に、怒涛のリーディングをさせてもらったことで、改めてわかったことがある。

 

京都タロットの場合、どんな内容のカードであっても、どんなふうに感じたかということによって、見えてくる「今」がまったく違ってくる。

例えば、『九、イワナガ』のカード。

展覧会で「このカードが一番好き」という女性は比較的多かった。なぜか40代以上の女性に響くカード。

そして、その好きなカードを引き当てた時、彼女は自分自身の「イワナガ」性を受け入れている ということになる。その意味を知らなくても全くいい。このカードを快く受け入れている「今」。かつての哀しみを強さに変え、本当の美しさを身にまとっているということになる。

一般的な解釈であるなら、今の寂しさは、真の美と強さを学ぶためということになるだろうけれど。

 

この京都タロットの凄みは、それをどう感じるかによって、まるっきり変わるところ。

カード自体が癒しになるところ。

 

他にも、勾玉の局。

このカードは、自らを犠牲にしてまでも護りたい者の存在を暗示する。あるいはそのような母性が鍵。

場合によっては、あなたを犠牲にしていないか?を問うことになるかもしれないが、このカードにシンパシーを感じ、かつそれを引き当てた時は、まるで違う。その母性が彼女の中で調和している。その強さは人を鼓舞もし感動させる輝きを持つ。