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2017.06.30 Friday

雑司ヶ谷2、鏡花、八雲…近代幻想文学の極み

前回は、雑司ヶ谷墓地というところで、夏目漱石さんのお墓参りをさせていただいたお話でした。

まだ続きます、雑司ヶ谷墓地めぐり。今回は、このブログに、墓が立ちまくると思いますが(笑)、いずれも著名な方ばかりなので、どうぞお付き合いをいただければ嬉しいです。^^

こちらのお墓は、憧れの泉鏡花先生のものでございます。尾崎翠と並んで、私が最敬愛する明治の文豪です。
彼を知ったのは、二十歳くらいの時。昭和のグラフ誌、平凡社の『太陽』(って今もあるの?)で特集されていたのがきっかけです。この雑誌は今も手元にあって、たまーに(年に1回くらい)読みます。浪漫的詩情溢れる写真と、その解説によって、私は鏡花さんの世界を覗くようになりました。
彼は、幼い頃に母親を亡くしたことで、生涯、母親の憧憬を抱え、面影を追って生きていきます。その想いが、それぞれの作品に、現実の女としてではなく、女神や聖母、時には鬼女や女妖などとして表現され、薫り高い幻想文学として昇華されているのだと思います。 彼の見ているものは、もちろん幻に過ぎませんが、それは、その奥にある(かもしれない)元型に出会うためと、『太陽』の中の解説者は語っています。

私もそう思います。
彼が、亡き母の幻の中に求めていたものは、単に母性と言うより、あらゆる側面を持った女性性への畏れと憧れ。「女というもの」だったのではないでしょうか。

雨と紫陽花と泉鏡花。幻想文学の作家の墓標に似つかわしい、青い紫陽花とともに眠られています。素敵ですね。

余談ですが、私の一番好きな花が紫陽花です。若い頃は、チューリップでしたけど。近頃、なぜかますます心惹かれるのが紫陽花。

 

不意に、出会いました。小泉八雲。ラフカディオ・ハーンさん。
夫人のセツさんと並んでお休みです。
彼に日本の怪談等の民話や昔話を語って聞かせていたのはセツさん。
仕事用の資料を集めたりなど、彼に大変尽くしていたと言われています。

異国に渡り、あのような美しくも怖ろしい文学作品を書き、大学で英文学を教えていた八雲さん。
(ちなみに、東京帝大で、彼の後釜として教鞭を執っていたのが漱石先生です)

もともとニューヨークでジャーナリストだった八雲さんは、仕事仲間で世界一周旅行で知られるエリザベス・ビスランドの影響から日本に来たと言われています。

有能な美人記者であったビスランドに生涯憧れ続けていたと言う八雲さん。前にNHK?で見た記憶があるのですが、ビスランドさんは、世界一周旅行と言う経歴から、雄々しい物を書いた人であるかのような印象を持ってしまうのですが、実際の彼女の文体は文学的であったと言うことで、八雲さんが物語を書く人になっていったことも、深いところでは影響を受けたのじゃないかと推察します。(とはいえ、資料収集に努めたセツさんが、八雲さんの成功の一番の功労者でしょう)
八雲さんの死後、ビスランドさんが彼の伝記を書いたことで、海外でも知られるようになったことは、何だか嬉しいことですね。

 

こちらは、永井荷風さん。主に大正期から昭和の初め頃に大人気を博していたと言う作家ですが、実はあまり存じ上げません。すみません;

ネットで調べると、文化勲章を受けた大人物でありながら、いかに女好きで、キテレツな人であったかが散見できます。 どこまで本当かはわかりませんが、彼は現代に生まれなくて本当に良かったと思います(笑)。今なら、ゲス男と言われるタイプの方ですね。はい。現代という時代はネットがあるから、大文学者であっても、奇行の方が取り上げられてしまうでしょう。まあ、良い意味の制御機能にもなっているでしょうけれど。私も知り合いになりたくない…と思いましたもん。

 

…ということで、ここでまた区切ります〜